身を粉にした優しさは取り置き

 

孤独を快楽で埋めるように走ったのは、本能的なことからだったのだろうか。

 

 

よく男と女は違うと言われるけれど、私はそれをそんなわけないと頑なに思っていた。そんなわけない、私だって男のように考えられると。

 

 

ふとした時、脳裏に浮かぶのは、叙情的なベッドの上のことよりも、自分で望んで世に排出した小さな人間の存在のことの方が多くなっていった時、もはやこれまでかとあわやかに、籠城の末、食糧がつきた武士のような気持ちになった。

 

 

6年間、私は私を騙し続けてきた。この人はいい人だからとか、田舎から出てきたから常識の認識が少し違うとか、目が細くてもチャーミングだし、腕の毛があるのも強そうだからいいじゃないのとか。何よりもとても優しくしてくれる、たまに何かものを投げたり、例えその投げるものが刃の出たカッターだったとしても、それはその前に鉛筆を削っていたからだとか。他の女の人を好きに思っていても、それは一時的なことだろうし私の気持ちは変わらないと思っている最中に、子宮が命を育む体制を整えだした。

 

 

あなたは優しすぎると、母にいつだったか言われた。いつだったかというか、もう全てが終わった時。全てが終わって、何も食べたくなくて、夜も眠れなくて、半紙のようにぺらぺらな薄さに身も心も陥りだした時。

 

 

「私はあの人みたいに、辛いと泣くあなたを放り出したことがあった?陣痛で苦しむあなたの手を絶妙な包み方で励ましたのは、あの人ではない、紛れもなく母であるこの私じゃないの。人に優しくしなさいと育ててきたけれど、身を粉にして優しくしていいのは、自分にうんと優しくしてきた人だけでいいの。それ以外はその時々によればいいのよ」

 

 

母は泣くこともなく、淡々と私の手を握りながら言った。私はこの時のことをよく思い出すのに、よく忘れてもしまう。だから、ここに書き留めておく。

 

 

何かを選択することは何かを捨てることだと、ある男のひとが言った。私は今、選択をする時なのだろうか。それはつまり、何かを捨てる時でもあるということだ。

 

 

弱いから誰かに身を委ねたい。でもそんなことありえない、それなら今夜だけでいいという、演歌歌手に歌詞を提供できるほどに持ちネタが増えてしまった私は、これからどうなっていくだろうか。

 

 

身を粉にした優しさは取り置いて、異国の地で岐路に立っている。

 

 

 

アイフルタワーの国へ

 

 

12時間半のフライトという自分の中では無理だろうと思っていた時間を(私は飛行機が苦手だと思っていて、でも案外大丈夫なのねと確信したけれど)、小さな座席の中で丸くなったり、首を寝違えたり、映画を不真面目に観たり、機内モードにしたiPhoneを読んだり眺めたりしながら、パリへやってまいりました。

 

 

ブログの書き方を忘れました。改行ってどんな感じでやっていたっけとか、あと言葉があまりスラスラと出てこないけれど、そのうち思い出すでしょうか。

吐露する場所が欲しくなったとか、そんなわけでは特にないけれど、長い文章を書きたくなった時は、やっぱりブログがいいですね。

 

 

新しい住まいは、今のところ、水の問題も、あたたかい水の問題も、電気関係の問題も、とにかくパワーサプライ的な問題は発生しておらず、寝る場所もあるし(大きなソファーとセミダブルベッドだけれど、掛け布団はシングルサイズ)、食べる場所も6人までなら招待ができるし(でも私はホストが超苦手なので永遠に人を呼べない)、キッチンにあるものもまあ大丈夫(湯沸かしポットの中のカルキの白いふちにはヒッと声が出ましたが)。でも、トイレの流す音がとても強靭で極悪な音なので、それに慣れるのにもう少しかかりそうです。

 

 

というか、ここまでで( )をかなり多用しているので、相当文章を並べるのが下手になっていることに気づきました。わお。

 

 

それから近所の住人とも挨拶を交わせたし、日本の食品を売るマートで午後の紅茶を発見して(飲んだことはないけれど)、久しぶりに知っている誰かに会ったような気持ちになり、ボトルだけ撫でてきたり。

建物の彫刻とか、取り付けられているドアフックの彫金とかをずっと見ていられるなあと思いながら街を足早に歩いたり。

スリは多いけど、ひったくりは少ないという記述を読んで、ならクアラルンプールよりはマシかも(いやいや、でも危ないね)と思ったり。

ドーベルマンのような人と仲良くなって、お酒を飲みに外に出たいねとか(そういえば、こちらに来てから一滴も飲んでいない!)。

 

 

今週からは外に出る回数とか、より中に深く入っていくことが増えていきそうなので、自分で自分を抱きしめる回数とか、甘やかすこととか(冷蔵庫の中に霜の草原が広がる冷凍庫部分を発見。アイスも買える、ひっひっひ)、時々取り入れていきながら、乗り越えていきたいです。

 

 

 

突然思い出す人、シライミーさん

 

 

 

 

その昔、バブルに向かいつつあった頃、父に専属の運転士さんがつき、おそらく彼はマレー系シンガポーリアンで、名前をシライミーと言った。いつも濃い色のサングラスをかけて、整った口髭をしており、そして極めて無口な人だったので、「グッモーニン ミスターシライミー」と声を掛けても、「ン」とかしか言わないのだった。本当に無愛想である。低血圧だったのかもしれない。

 

 

うん、それだけの更新です。

 

 

 

 

混ぜて舐めたい、泡つきの枝を

 

 

まんま枝のシナモンスティックが添えられたカプチーノを飲みたい欲望にとらわれてから早数週間。

 

 

昔どこだったかな、クチンかランカウイだったかダマイビーチだったか、小さなリゾートへ旅立つ前の小さな空港で、父がカプチーノを混ぜた後の泡つきシナモンスティックを私にくれて(私はコーヒーが飲みたくて仕方のない子供だったから)、私はそれをずっと舐めていた。ひもじいエピソードである。

 

 

昔を思い出す頻度が多いのは、現在目の前にあることがたわわだから。たわわに大変、たわわに割と焦る、たわわに時間は大丈夫だろうか、たわわに日本語が変になっていくが、フィーリングで私のたわわのあわわをご理解頂きたい。

 

 

昨日ツイッターで丁寧な日本語を使わない日が欲しいみたいなことをツイートしたけれど、それは本当にそう。声を高くしないで、ありのままの地声で、マジでー?とか言いたい。マジでー?また期限遅れるのー?うわー、結構最悪!って。(あらまあ、大丈夫ですか?大変申し訳ないのですが、わたくしの予定は今週は変更がききませんので、今後のスケジュール、どう調整致しましょうか?来週以降でも可能ですか?とか実際は言う。オブラートに包むどころか、オブラート+カプセルくらいの包み方してるなあと思う)

 

 

故にシナモンスティックが添えられたカプチーノを私は飲まなければならない。お店を、探そう。検索すれば何でも出てくる世の中にいて、こういう時は良かったなと思います。

 

 

 

鱧と葛きり

 

 

ふと、今年の夏は鱧をたくさん食べようと思い立ちました。天ぷら、ぼたん鱧、炙りに、しゃぶしゃぶ。淡白でコキコキの食感で、じゃじゃ馬なふぐ。フィッシュ&チップスのフィッシュが鱧バージョンとか、ファンキーなパブにあったりしないかな。でも、ここの土地の人達にバレたら瞬時に撲殺されそうだからさすがにないかな。ここは、そういう土地。抹茶しか冒険をすることが許されていないような、そんな感じ。

 

 

数えてみたら、あと2ヶ月と10日。そう考えると、毎日鱧でもいいかもしれない。そういえば、去年は葛きりばかり食べていた。花街の近くに、きしめんよりも幅広の葛きりを出すお店があって、そこへ父と母は新婚旅行の際、訪れた。母は渡星を控えていたからか、寒い冬だというのにも関わらず、葛きりを食べたが本当に幸せだったという話を幼少期から幾度となく聞かされていたので、私もそこのお店の葛きりで幸福を感じることのできる特技がある。もう少し暑くなったら、食べに行きたい。鱧の何かを食べた後のデザートに。

 

 

私は白と透明な物が好きなので、鱧と葛きりの組み合わせにハッとした。これからは、好きな食べ物は砂肝と土瓶蒸しですなんて言わずに、鱧と葛きりです、と言おう。どことなく、文化人っぽいような、っぽくないような。食欲が薄そうな印象を根付かせる感じはかすかにある。まあでもいいね。

 

 

 

ダンシング胃酸

 

 

ここのところ暴飲暴食が続いており、ついに胃腸がダウンした。(ちなみに風邪は薬と根性で治りました)とりあえず、食べるのを控えろと言わんばかりに、いつでも吐き気。全くもって不快だし、気持ちは悪いのにお腹は空くので、地獄の週末だった。

 

 

こういう時に食べるのは、飴(氷砂糖とか、カンロ飴、はちみつの飴)か、クラッカー、またはブランデーを垂らしたアイスクリームである。おかゆは嫌い。チャイニーズの干し貝柱のお粥なら好き。でもあれは家では作れないから、私は上述したようなものを食べて生きながらえている。

 

 

特にクラッカーは胃の調子が本当に悪い時には本当にオススメである。新生児だった頃から私のことを診察していたファンキーな主治医のオススメだけあって、家に常備しているもののひとつ。まずよく咀嚼して食べるということで満腹中枢の刺激になるし、香ばしいのとしょっぱいところが、なんというかちょっといいものを食べているような気になるのである。それに少し元気が出てきたら、そこにはちみつを垂らして食べると、食欲がどんどん湧いてきたりする。

 

 

ブランデーを垂らしたアイスは本当に瀕死の時に母が用意してくれる。あらあら大変ねなどと言いながら、小鉢に大さじ一杯のバニラアイスと茶色の豊かな香りのするブランデーをかけて、まあこれが食べられれば一晩はもつわよと、母らしい言葉をかけてくれる。いつからだっただろうか、多分未成年の頃から、これだった。

 

 

明日からというより、本日からまた一週間が始まるので、そろそろ胃の暴動も治ってほしいけれど、相変わらず胃酸は飛んだり跳ねたりを繰り返している。生き物の観察みたいにそれを感じながら、私はあまりの空腹に冷蔵庫にあったたい焼きを頬張りました。久しぶりの世俗食、とっても美味しかったけれど、柔らかにアイテテテでした。うん、寝ましょう。

 

 

 

ばんばか捨てる、白い部屋のために

 

 

引っ越しをしてから2ヶ月と少しが経つが、ダンボールはまだある。というのも引っ越しと同時に生活が激変したからだ。ダンボールと格闘するよりも、新しい生活に馴染むことの格闘を選んだ。と言えば、格好がつくけれど、うん、ただの面倒くさがりなだけです。

 

 

とりあえずの物置にしている部屋がひとつあるのだけれども、そこはダンボール王国だし、私の寝室にもダンボールはある。でも、そろそろ、と思うのだ。そろそろ捨てよう、と。開けて置くべき場所に移すのではなく、捨てる。

 

 

2ヶ月もの間、見なくても生きてこられたもの。冬に活躍するであろう服や雑貨、アクセサリーや手紙などは別として、その間をゆく本や制作に使うであろうととっておいたもの、捨てるのに困るけれど捨てるしかない趣味の合わない贈り物に、サイズの合わないベッドリネン一式は、もう要らないものだ。

 

 

幸い、今の住処は24時間指定の場所にゴミを捨てにいくことができ、分別もまあまあ疎かにしても許される。捨てるにはもってこいの環境なのである。

 

 

全ては健やかなる白い部屋のために。とりあえず、リフォームへのスタートラインにやっと気持ちは立つことができた。あとは体の到着を待つだけ(ロキソニンが効くまでの間の更新でした)。